File #9 老いる男

 ウインタースポーツも、時には非常に危険なものに成り得るという事を示した、重大な事件があるのでここで語っておこう。

 今回の事件の被害にあったO氏は、2001年の2月、アウトドアサークルが主催する北海道ツアーに、友人のA氏、K氏と共に参加した。その時のO氏は、初めて滑る北海道のパウダースノーの感覚を覚え、2年前に始めたスノーボードの実力を飛躍的に上げようと心に誓っていたという。彼らは関西国際空港で合流し、昼前の飛行機に搭乗して北海道に上陸、新千歳空港から一路バスで、目指すニセコスキー場へと向かった。一行がニセコスキー場に着き、予約を取ってあった、カレー屋を兼ねた怪しげな民宿に落ち着いたのは、すでに午後4時半を過ぎていた。O氏を含めた3人は当初、時間の都合から、今日は滑らないだろうと思っていたが、圧倒的なバイタリティーを持つサークルのメンバーに引きずられるように、早めに夕食を摂ってナイタースキーへと出掛けたのだった。O氏を含めた総勢7人は、これから迫りくる惨劇を知る由も無かった。
 ツアーに付属している2日リフト券には、初日のナイター分は含まれていない為、一行はとりあえず一番麓にある券売機でリフト券を購入し、そこからリフトを乗り継いで、ナイタースキーのできるゲレンデの中では一番の高所へとたどり着いた。リフトを降りてすぐのやや平坦になっている所には、巨大な時計塔がランドマークのように設置してあり、その時計塔の下にあるデジタル表示の温度計には、まだそれほど冷え込む時間ではないにもかかわらず、マイナス14度という未体験の値が表示され、正に極寒の様相を呈してきていた。これほどの寒さになると、皮膚の感覚は寒いという刺激を通り越して痛くさえ感じる。熱いや冷たいという感覚が、痛いという感覚と、根本的には同じものであるという証明である。だが、O氏が事件によって受けた「痛み」とは、これらの痛みとは全く種類が違っていたという話は、後にゆっくり語るとしよう。
 ともかく―――
 一行7人は、この日から始まる北海道ツアー4日間を心から楽しむべく、身を躍らせてゲレンデに飛び出した。ある者はスノーボードの腕前に磨きをかけるべく、ある者は高速滑走とそれに伴う激しい転倒を生き甲斐のように感じながら、ある者は一般人よりも1オクターブ以上高い奇妙な笑い声を残しながら、それぞれ思い思いのスタイルで滑走を始めた。O氏も彼らに続き、厳寒でパウダースノーの降り積もったゲレンデに飛び出したのだった。
 序盤はすこぶる快調だった。はるばる関西から来たという気持ちが後押しするせいか、皆一様に興奮した様子で多弁となり、滑りも普段とはやや違うように見受けられた。かくゆうO氏も、普段よく行く兵庫県のゲレンデからすれば圧倒的に滑りやすい雪質と、日常では体験できない異様な冷気に当てられ、その滑りはいつもより速度を増していた。だが彼らは、転倒しても痛くなく、明らかに板の取り回しが楽なパウダースノーの雪質に、急に上達したような錯覚を覚え、ツアー初日の高揚した気分と相まって、次第に安全に対する神経が麻痺していた。そのような下地を持った彼らに、神が警鐘を与えるかのように、一人の生贄が選ばれた。それがO氏であった。

 2時間ほど滑った彼らは、ある程度満足した気持ちを抱え、明日に備えて民宿に引き上げようとしていた。最初にリフト券を購入した場所を目指して、彼らは一斉にゲレンデを滑り降りた。途中何度か相互に位置を確認しあいながら、一番下にあるリフトの降り口付近で最後の確認をしようとした時、O氏の姿が見当たらなかった。途中までは確かに連なって滑降していたはずだが、しばらく経ってもO氏は姿を現さなかった。彼らはいぶかしみながらも、途中で姿を見失ってしまった以上、不用意に場所を離れるわけには行かず、O氏を待ち続けるより仕方が無かったが、高揚した気分と満足感はここでも、待つという行為から、いらだちや精神的苦痛を取り去るほどの力を見せていた。
 しかし、その頃O氏は、肉体的苦痛の真っ只中にいた。それまでは他の6人と同様に快調な気分で滑っていたが、いつも以上に加速のついたスノーボードは、彼の制御能力を超えた動作をしようとし、それに気付かずにケレンデの隅に突入したO氏は、圧雪と新雪が混ざったコンディションの悪い部分で制御不能となり、今まで経験したことのない首の痛みを伴う大転倒を起こしたのだった。
 2、3分ほど経った頃だろうか、下で待つ彼らの前にようやくO氏が姿を現した。だが、O氏の表情は苦悶で歪み、全身パウダースノーを纏ったような姿に成り果て、髪の毛から眉毛に至るまで、外に出ている体毛という体毛に雪がまとわりいて、まるで人生の苦楽を乗り越えた老人のように見えた。
 すかさずK氏が叫んだ。
 「うわっ、オジイチャンや!」
 続いて写真を撮っておこうという声が沸きあがり、苦悶を消しきれないいままの笑顔で、O氏は撮られるがままになるしか術はなかった。
 気分が高揚した状態というのは、何人をも寄せ付けぬ強さ、いや傲慢さを持つのであろうか。O氏には、この時の彼らが悪魔に見えたかもしれない。そう、この事故は正に、他人の不幸など顧みず、自らの幸福にすらしてしまう悪魔にならんとしている彼らに対しての、神からの戒めであったのかもしれない。しかし、神による警鐘の生贄に選ばれたはずのO氏は、神の忠告など意にも介さぬ悪魔達にとっては、最良の好物でしかなかった。

 宿に戻ったO氏は、首の痛みから来ると思われる、全身の発熱や両腕の痺れに耐えながら、眠れぬ夜を過ごした。発熱による熱さから布団をはねのけようとするが、日常では無意識にするこの行為ですら、この時のO氏には困難であったという事実が、症状の深刻さを物語っている。
 翌朝、再びゲレンデに向かおうとする6人を見送るO氏は、布団から起き上がることもできず、寝たきり老人のような状態であった。このまま若年性老人症の病人のように、齢25にして永眠してしまうのではないかという疑念すら浮かぶほどの衰弱ぶりであったが、昼には再びゲレンデに向かうほどの回復を見せ、なんとか北海道から自力で帰還を果たしたのだった。

 近年流行しているウインタースポーツの楽しさの影に、このような危険が潜んでいるという事を実証した事件ではあったが、人間の悪魔的な好奇心を写しだしていた事件とも言えるだろう。最後に、帰還後のO氏が、首から腰、膝に至る連鎖的な痛みの発生によって、かつての身体能力は見る影も無く、老齢感は未だ否めない状態であった事を付記しておく。