File #2 一週間前

 同じ98年の冬、いや、99年の2月になるな、あの事件が起こったのは。ただ寒かったのを覚えている。そう、ボードには最適な温度であっただろう。被害者であるO氏とその友人達は、福井のとあるスキー場に行く計画を立てていた。これから起こる悲劇を当人達は知る由もなく、まして予測などできようはずはなかった。

 O氏は、その当時深夜労働者であった。詳しい事情は忘れたが、出立の一週間前に当たる日も、O氏は深夜労働に従事する予定だったらしい。いつも通り就寝したO氏は、当然の如くいつも通り起床しようとした。しかし、いつもよりどうも睡魔がしつこいらしく、そのまま二度寝の床に就いてしまった。
 これが命取りになった。
 次に気付いた時には、起床予定時刻を大幅に過ぎていた。O氏は焦り、立ち上がろうとした。その時である。O氏に悲劇が襲い掛かった。立ち上がった瞬間、O氏の意識は平衡感覚を失い、その体は大きく傾いてそのままスローモーションのように倒れた。高校時代に習得した受身も、起き抜けのこの時には用を成さなかったようで、転倒による全ての衝撃が身体に掛かっていた。しかしそれは、起き抜けの感覚の鈍さに包まれたように遠く、他人事のようにO氏には感じられ、重大な事故である事を予想できなかった。だが次の瞬間、顔に暖かいものが流れるのを感じ、現実に戻されつつあったO氏が恐る恐る手を当てて確認すると、手には赤い「何か」が付着していた。その「何か」とは、想像するまでもなく「血」そのものであった。

 結果、O氏は瞼を数針縫い、福井へ旅立つことなく冬を終えた。今でもその時のことを思い出すと、切ない感情を抑えることができず、涙を禁じ得ない悲しい事件であった。